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■姫誕生日
9/5は我らが成林高校のエース吉野佐保姫嬢の誕生日でした。ということでお祝いイラストを描きました。2日遅れなのは、やんごとなき諸般の事情ということで……。
ちなみに佐保姫嬢はLOVER-SOULの女子野球同人ゲーム『花咲くオトメのための嬉遊曲』のキャラです、いちおう。設定によるとフォームは土肥だと小耳に挟みましたが、この絵は井川っぽくなっております。井川はドラゴンズに徹底的に弱いですなあ。9/1付の雑記でドラゴンズ戦の反省をアップしたばかりなのにまた打たれたよ。
ところで女子高校野球の夏季大会は神村学園高等部の優勝だったようです。日本女子野球協会のページですら紹介してもらえないのは如何なものか。スコアを見ると接戦のいい試合が多かったようなのに。(9/7)
■キレンジャーの錯誤について−原典なしにパロディだけが流通する
「遅刻しそうな女の子が食パンを咥え、走って登校している途中で曲がり角で男の子とぶつかり…… 」というパターンが「少女マンガの定番」とされることが往々にしてあるが、1970〜1985の『りぼん』作品を全て読破した経験から言えば、そんなマンガは存在しない。定番ではない。また「眼鏡を取ると美形」も少女マンガの定番と一般に思われているようだが、これも事実と反する。(「眼鏡を外して美人」というパターンについての世間の誤解はここを参照)。しかし、事実無根にもかかわらずなぜ「定番」だと勘違いされるのか。
示唆となるのが「キレンジャーの錯誤」という概念だ。戦隊もので黄色というとデブでカレーが好きというパターンが定番だという観念が広く共有されていたが、実はカレーが好きでデブな黄色が出てくる戦隊ものはたった一つしかない。「目立った一例が、そのカテゴリー全体の共通項のように扱われる事」、これが「キレンジャーの錯誤」という現象だ(詳しくはここの考察を参照)。そして誰もが原点を挙げることすらできないのに、パロディーだけが流通するという事態が現出する。
と言いつつ、「遅刻しそうな女の子が…」を極めようと思ったら、1965年〜1968年頃のマーガレット、少なくとも西谷祥子と本村三四子の作品には全て目を通すべきだと思われる。(所蔵マンガは別の場所にあるライブラリに保管しているのですぐに検索できないが、パンをくわえながら走るのは本村『太陽のカトリーヌ』1967年で見たような記憶がある、要確認。ちなみにぶつからない)。多くの人々が「This
is 少女マンガ!」と信じている原型のほとんどが1960年代後半の少女マンガに見いだされるだろう。1970年代の少女マンガは、そこから遙かに進化した地点に立っている。
そしてこれら少女マンガの原型については、おそらく1920年代ハリウッド映画から1950年代アメリカンホームドラマへの流れが鍵を握っていると推測する。なぜ朝食が「ごはん」ではなく「パン」なのかを考えたとき、『パパはなんでも知っている』をはじめとする1950年代アメリカンホームドラマが1960年代少女マンガに与えた影響についての考察は外せないだろう。(9/7)
■なんで見たことがないものを「ありきたり」だと思えるのか、という話
昨日の「遅刻しそうな…」の最初のリンク元はこのパターンを「定番」だと主張しているわけではなく純粋にネタ元を追究しているだけで、端的に間違っていて誤解を増幅させる恐れがあるのはこちらのgooの回答群のほう。特に田渕由美子に関する誤解は噴飯ものだ。とはいえ、良い着眼点とネタだけに、ツッコミを入れて展開させるとおもしろいだろうと感じたのもまた事実で、テーマは足で稼ぐことの意義。
ぼくもかつてネタ元の追究に関心を持ったことがあり、実際に追究した。「眼鏡を外して美人!」というパターンの元ネタは何か。日々古本屋に通って1970年代のマンガにはほぼ全て目を通し、眼鏡っ娘が出てくるマンガは全て購入した。しかし「眼鏡を外して美人」というパターンは驚くほど少ない。単行本に収録されるようなマンガは見尽くしたので、次はマイナーな単行本未収録作品を調査すべく、現代マンガ図書館と国立国会図書館に通い、1970年代から遡って、週マ、別マ、なかよし、りぼんなど雑誌を絨毯爆撃的に検討した。そうした調査で見いだした「眼鏡はずして美人」の実例は現在まで142例。調査を思い立ってから方法を確立し結論を出すまでに費やした時日は5年あまり。ここまでしてもまだ「貸本マンガ」という未踏破の資料群がゴッソリ残っている。
こうした実地調査を重ねた経験から、「遅刻しそうな娘がパンを…」パターンについて、1960年代後半の少女マンガ、特に西谷祥子・忠津陽子・本村三四子・大和和紀の検証を経れば説得力を増すと感じた。(その根拠はディープな少女マンガ読みとしての経験の蓄積と、そこから帰納された歴史社会学理論にあるが、これは後述だ)。ネットの検索は便利になったとはいえ、調査の初動を指し示す参考にとどまる。真実は足で稼ぐ実地調査によってしか明らかにならないが、現代は足で稼ぐ風潮が軽んじられていると感じて昨日のような書き方になった。カッとなってやったが、今はあと少々議論を敷延すべきだと感じている。
さて眼鏡をここまで調査した限りにおいて、「眼鏡はずして美人」を一般的に広めたのは、少女マンガではなく少年マンガだったと言える。少女マンガの実例は140あまりあるとはいえ、その中には世間一般に大きな影響を与えた作品はない。しかし少年マガジンに連載された『翔んだカップル』は、TVドラマにもなり広く世間の人々の目に触れた。そしてここに「眼鏡はずして美人」パターンがものの見事に登場している。右上の図を参照、一目瞭然。ところがこの『翔んだカップル』にしても、TVドラマになるほどの人気作だったとはいえ、すでに25年以上前の作品だ。現在に至るまで影響を残しているはずもない。それなのに多くの人が見たこともない「眼鏡を外して美人」パターンを初めて見ても「定番」と感じるのは、なぜか。
さて、「遅刻しそうな娘がパンを…」パターン。実例が『つらいぜ!ボクちゃん』に見いだせるのは事実として、はたして現在どれくらいの人がこの作品を知っているだろうか。作者の高橋亮子氏は小学館系少女マンガ誌のエースだった時期もあり現在でも根強い人気があるが、暗く重い作風が災いしたのか一般に大ブレイクまでは行っていない。ディープな少女マンガ読みが褒めるタイプのマンガ家だ、というわけでディープなぼくもご多分に漏れず褒めたくなる。特に病弱文学系短髪眼鏡っ娘がヒロインのマンガ『道子』は大傑作だ。「あはっ」と力無く笑う儚げな病弱文学系眼鏡っ娘は思わず抱きしめたくなる。が、この作品を知っている眼鏡っ娘好きにもかつて一人しか会ったことがない。『つらいぜ!ボクちゃん』は人気作だったとはいえ、広範に影響を与えたとは考えにくい。誰も「パンをくわえて…」の実例を見たことがないのに、なぜそれを「定番」と感じるのか。
おそらく、ある実例が広範な影響を与えたというより、元ネタすら知られないままパロディが自己増殖したと見るのが事態をより正確に言い表していると推測する。では、なぜ「パロディが自己増殖」するのか、そのメカニズムは何か。「眼鏡をはずして美人」の実例をほぼ検討し尽くし、それが世間の誤解に満ちていることを発見した後、自分にとっての新たな課題はこのメカニズムの解明となった。「パンをくわえて…」パターンも、実例を極め尽くしたと思った後には、おそらく同様の課題にぶつかるだろう。なんで「定番」じゃないのに「定番」と思われるのか。なんで誰も見たことがないのに「ありきたり」だと思うのか。個人的には現在までに歴史社会学的な仮説を立てるに至っている。長くなったのでまた明日。(9/8)
■「食パンをくわえて曲がり角で…」の原典は少女マンガではない可能性が高いという話
「眼鏡はずしたら美人…」にしろ「食パンをくわえて曲がり角で…」にしろ、実例は驚くほど少なく、実際に見たことがある人はほとんどいないはずなのに、なぜか多くの人が「ありがち」と思っている。その理由についての説明、名付けて「アメリカンホームドラマ空間」仮説。キーワードは「高度成長」と「核家族」。
日本は1950年代後半から1970年頃までに未曾有の経済発展を遂げる。これを歴史学用語で「高度成長期」と呼ぶ。この高度成長期にお茶の間で猛威を奮っていたのが「アメリカンホームドラマ」だ。『パパはなんでも知っている』などが著名。高度成長期日本はアメリカからホームドラマを輸入するだけでなく、自らもホームドラマを制作し、大いに流行した。『ママちょっと来て』など。結論から先に書いておくと、「パンをくわえて…」とか「眼鏡を外すと…」というパターンのモトネタは、少女マンガではなく、これらアメリカンホームドラマが原典ではないかと推測している。以下、その根拠を縷々述べる。
さて、これらホームドラマが高度成長期に流行したのには理由がある。これらのドラマが舞台としていたのが全て核家族という新しい形の家族だったのだ。高度成長を支えたのはいわゆる団塊の世代である。彼ら団塊の世代は兄弟が多く、両親と一緒に住めるのは長男だけで、次男坊三男坊は都会に出て働いて、そこで新しく家庭を持った。その大量の労働力が高度成長を支えたのは周知の事実だ。田舎を棄てて都会に出て高度成長を支えた次男坊三男坊たちの新家族は、必然的に核家族となる。そして当時は核家族生活の先行モデルが存在しなかったために、彼らは自分たちで新しい家庭モデルを模索するしかなかった。その目の前に差し出されたのがいわゆるアメリカンホームドラマ群だ。(日本にも大正時代の「文化生活」という核家族の先行モデルはあるにはあるが、議論が多岐に渡るので省略。)
団塊世代の核家族がアメリカンホームドラマを理想のモデルとした証拠は、建築様式の変化にも顕著に見いだされる。彼ら団塊の世代が都会に出て住んだのは団地など集合住宅だが、この集合住宅の作り自体が日本風(土間と竈と縁側)を捨ててアメリカンホーム(リビング・ダイニング)をモデルにしている。「光が丘団地」や「ひばりヶ丘団地」などDKモデルが確立するのが1950年代。「多摩ニュータウン」などLDKモデルが確立したのが1960年代だ。そしてこれらに入居したのが団塊の核家族世帯である。
高度成長期には光が丘団地に入居するような団塊の世代をターゲットとしてTVドラマが輸入され制作されたが、少女マンガも1960年代後半にその影響を受けて大変化を遂げる。代表的なホームドラマ作家は、西谷祥子、本村三四子、大和和紀など。それ以前の少女マンガは手塚治虫や石森章太郎、松本零士といった男性作家が支えていた。(松本零士が少女マンガというと意外に思う人も多いかもしれないが、こちらの松本零士ファンサイトの50年代と60年代のリストを参照のこと。『少女』『なかよし』『りぼん』『マーガレット』に多数の少女マンガを描いているのを確認できる)。これが1960年代後半になると、アメリカンホームドラマ的な少女マンガが一気にメインストリームに躍り出る。1950年代後半のアメリカンホームドラマを観て育った子供が10年後にマンガ家になったとき、少女マンガの転回が発生したのだ。(その流れの集大成がアメリカの高度成長期を舞台とした『キャンディ・キャンディ』となるわけだが、それはまた別の話)。
さて、こうして1960年代後半に少女マンガは顕著なアメリカ化を遂げる。そしてこの時期の少女マンガにいわゆる「定番」が多いのは気のせいではない。そして歴史的経緯を正確に辿れば、それら1960年代少女マンガは1950年代アメリカンホームドラマに大きな影響を受けている。「パンをくわえて…」のモトネタが1950年代アメリカンホームドラマにあるのではないかと推測するのは、こういった理由による。
そして、「見たこともないエピソードをありきたりと感じる」という感覚の理由もここに潜んでいるように思う。我々は伝統日本家屋を放棄してLDK様式=アメリカン生活に移行した。そして大家族を放棄し、かつて経験したことのない核家族中心の生活のモデルとしてアメリカンホームドラマの世界を採用した。こうして我々の生活空間がアメリカンホームドラマ化する。ここに「パンをくわえて…」というエピソードを「定番」だと認識する前提が生じたのではないか。
この仮説が正しいとすれば、事態の説明は簡単になる。我々はかつて見たことも聞いたこともないエピソードを初めて見聞きしたときに、なぜ「ああ、ありがちだ」などと言えるのか。それは、もともと我々の文化(日常生活の作法や思考様式の総体)がアメリカンホームドラマ化されており、そこにアメリカンホームドラマ化されたエピソードが投入されたときに既視感を感じるのだ、と。(たとえば、我々は日本的なものを生まれて初めて目の当たりにしたときにもそれを日本的なものだと判断できる。「日常生活の総体=文化」がそういう判断の前提となる構えを形成する。)
この仮説を側面から支持するのは、「眼鏡はずしたら美人…」にしろ「食パンをくわえて曲がり角で…」にしろ、これらエピソード自体からプンプンと漂うアメリカ臭だ。そもそも、なぜ朝食が「ごはん」ではなく「パン」なのか。おじいちゃんおばあちゃんと一緒に住む大家族が舞台では起こりえない事態だ。「眼鏡を外して…」については『スーパーマン』の事例で十分だろう。
そしてさらに加えれば、そのアメリカ臭が一種の諧謔性をも演出する。ここにパロディが自己増殖していく理由があると睨んでいる。たとえば本場アメリカだったら、舞台は6LDKの庭付一戸建てで、くわえていくパンもママ自家製の香ばしい焼きたてクロワッサンだ。日本人たる我々は、核家族という形態はアメリカと同じであっても、舞台は狭い集合住宅で、くわえていくパンもスーパーで買ってきた安い食パンだ。この核家族に関する「理想」と「現実」の落差が「パロディ」を産む動因となる。(だからぼくは『耳をすませば』のマンガ版と映画版のギャップに苦笑せざるを得ない)。いわゆる「定番」と誤認されやすくパロディだけが自己増殖していくタイプのエピソードは、「アメリカ臭」と「理想と現実の落差」という条件に当てはまるものが多いのではないか。(そしてその「あーあー、あるある!ありがち!」という感覚と「理想」との落差をうまく利用したのが『ちびまるこちゃん』ではないか)。
という仮説を検証するためには、1920年代ハリウッド映画から1950年代ホームドラマを実証的に分析する必要があるが、手はついていない。少女マンガなら昔のものでも現代マンガ図書館なり国会図書館なりで読めるけど、1920年代有象無象ハリウッド映画はどうやってアクセスするんかな。(9/9)
■『つらいぜ!ボクちゃん』がパンをくわえていなかったという話
ネット上で「遅刻しそうな女の子がパンをくわえてぶつかる」の原典とされていた『つらいぜ!ボクちゃん』ですが、実際に見てみると、パンをくわえていませんでした。正確には以下のような状況です。

で、ライブラリにあった1960年代後半〜1970年代のマンガをざっと見てみましたが、そもそも朝食がパンということ自体がほとんどないということもわかりました。
遅刻しそうになってパンをくわえる事例は、本村三四子「パティの初恋」(単行本『太陽のカトリーヌ』所収、1968年)にありました。図は右の通り。
注目されるのは、くわえているのが食パンではなくコッペパンというところでしょう。このコッペパンくわえて鉢合わせという状況は、まさにアメリカンホームドラマがやりそうなものです。
さて、ぼくとしても1960年代後半から1970年代のマンガについては数千冊単位で目を通しているわけですが、それでも「パンをくわえてぶつかる……」という事例は思い浮かばない。少女マンガの定番でないことだけは、間違いがないでしょう。やはり1950年代アメリカンホームドラマのほうが怪しい。そして原典がホームドラマとしても、くわえるのは安ものの食パンではなく、コッペパン系の可能性が高そうだ。
で、むしろこれらの事例で興味が喚起されるのは、「ボク女」の起源です。これは少なくとも『つらいぜ!ボクちゃん』に遡れることは間違いなく、さらに昔にも遡って行けそう。Wikipedeaでは「三つ目が通る」が事例として上がっていますが、もっと遡れそう。里中満智子あたりが60年代にやってても驚かない。そして「パティの初恋」の6コマ目に注目。「ツン」などと言っております。でも最終ページでは、「ウフッ」とか「アハハ」とか笑いながらこの男の子と肩を組んでおります。まさにツンデレ。というか、この時期のラブコメ系少女マンガは、ほぼ全てツンデレ。『電車男』が70年代オトメちっくマンガと同じ構造だという指摘もあり、むしろそういう観点から60〜70年代少女マンガと21世紀ギャルゲの類縁性について考えるとおもしろいかもしれない。(9/10)
■和田慎二のマンガでもパンをくわえていないことを確認
和田慎二の「パパシリーズ」で「パンをくわえて…」パターンがあるとの情報もあったが、こちらも実際にはパンをくわえていないことが確認された。和田慎二「白い学生服」(マーガレットコミックス『炎の剣』所収、1974年9月)では、遅刻しそうになった主人公が右手にカップ、左手に食パン、小脇にかばんを抱えた格好で家を飛び出すが、パンをくわえているわけでも「遅刻遅刻」と言うわけでもない。
ということで、これまでの少女マンガに関する「パンをくわえて…」パターンの目撃情報は全て否定されたことになる。パンをくわえて走ってぶつかる少女マンガは、定番どころか一例も存在しない疑いが本格的に強くなってきた。(9/11)
■竹熊健太郎氏から返事が来た
「遅刻しそうな少女がパンをくわえて曲がり角で…」パターンについて竹熊健太郎氏に質問メールを送ったところ、丁寧な返信が来ました。いい人だ。直接的な典拠はなく、いくつかの事例を複合したという旨でした。
で、竹熊氏が中学生の頃にはこれが一種のパターンだという認識は一般にあったとのこと。1970年代の半ばには一定のイメージが形成されていたということになります。そうすると、直接的な原典、あるいは近い事例があるとすれば、かなり作家を絞り込めます。1970年前半までにアメリカ系ロマコメで活躍した作家、となれば、西谷祥子、本村三四子、細川知栄子、北島洋子、青池保子、里中満智子、大和和紀、忠津陽子、このあたりの可能性が高いでしょう。が、この時期のマンガはそもそも単行本になっていないことが多く、現代マンガ図書館か国立国会図書館で雑誌をしらみつぶしにあたるしかありません。現時点では、これ以上のことはわかりそうにない。
竹熊氏本人とは面識はありませんが、別れた奥さんには眼鏡のフレームが歪んでいることを非難したり、似合う眼鏡を探しに行ったり、おでんをふるまったりしたことがあります。もう5年くらい前の話か……。(9/11)
■これで阪神優勝が確定的か
中日が優勝するときには政変が起こる、というジンクスがある。ということで、自民大勝の結果を受け、今年のドラゴンズ優勝はない。ご愁傷様です>ドラゴンズファン各位1・2・3。逆にドラゴンズが優勝するようであれば、今回の総選挙は政治的大変革の前触れという位置づけになる。
という与太話はともかく、自民大勝の要因は「信頼」だと思う。ぼくは自民党には投票しなかったけど、自民大勝の結果に対してはそこそこ納得がいく。たとえば郵政民営化法案にしても、従来であれば密室の根回しと談合という国民無縁の場で決着がついただろうが、今回は「国民に問う」という形を取った。自分の声が何かしらの影響を与えるのであれば関心が高まるのは当然。総選挙の結果に対して「衆愚政治」とか言っている人がいるようだけど、そう主張する奴ほど国民を馬鹿にしているわけで、いつまで経っても信頼を受けることはないだろう。ひるがえってゲーム製作の立場に立ってみても、ユーザーを馬鹿にせずに真摯に耳を傾けるメーカーほど逆に信頼も受ける。頑張ったぶんだけユーザーは応えてくれるのだと信頼して開発に取り組もう。
そういえば今回の選挙には大学時代の知り合いが出馬していた。落選したけど。そろそろ同世代が表舞台で活躍を始めるのだなあということで、ぼくも頑張らねばと意気を新たにした総選挙翌日。(9/12)
■か、完売? 100冊の新刊が完売!? さ、3分も経たずにか…
優勝が絶望的になったドラゴンズファンの人が名古屋の同人誌即売会に参加するということで「名古屋のイベントはどうよ?」と聞いてきた。ハナクソほじりながら「人は濃いけど入りは期待しちゃいかんよ」みたいなこと言ったんだけど、どうやら初動で人が集まって新刊が10分程度で完売してしまったらしい。慌てて参加サークル見たら、ありゃ、こりゃ人くるイベントだわ。適当なこと言うんじゃなかった。
マウンテンは初体験だったらしいので、今度は清水口の美宝堂博を体験してきてもらおう。今年は大阪に出張だったが今度は名古屋に飛ばすぞー。名古屋はええでー、月天があるがねー。モリゾーまんじゅうありがとうございました。(9/13)
■常人の想像力を遙かに超える
羽生−佐藤のタイトル17番勝負が進行中。毎局が凄まじい。今日の王座戦第2局も、ぼく程度では盤上で何が起こっているのかサッパリわからないが、凄いということだけは解る。
ところで日経将棋王国は写真レポートが毎回楽しみだったのに、ここ最近は大人しくなってしまった。かつてどれくらいマヌケな記事を配信していたかというと、こんなのとか、こんなのとか。「密着戦法」とか「浮遊戦法」とか、アホすぎ。さすがにクレームが入って最近は大人しくなっちゃったのだろう・・・残念。というかこの記者自体が飛ばされたのかもしれんなあ。
17日は瀬川アマのプロ編入試験第3局、こちらもがんばってほしい。(9/16)
■瀬川アマ6番勝負ストリーム配信
予告編の画像がえらくかっこいいなあ、っていうかやりすぎ。(9/17)
■サンクリ
午前中に一仕事終えた後、一般参加してきました。昼過ぎに到着したからちょっとマッタリしてたかな。いつも通路ですれ違う恒例の人たちと例によって漏れなく遭遇したのはともかく、伊那の人が売り子していたのはちょっと驚いたローメン、ってこのローメンページはいろんな意味で凄いな、地球からかよFlash。(9/18)
 ■美宝堂博へ行ってきた
美宝堂って知ってるかい?(J9風味)。愛知県人でなければ知らないだろうけど、愛知県に数ヶ月でも住んだ人なら必ず知っている、それが美宝堂。知らない人はぜひとも公式WEBへGO。2002年にはローカルCM大賞も受賞したそのベタなCMで有名な美宝堂が万国博覧会に対抗して「ひとり博覧会」をやっているというので、さっそく鑑賞してきたぞ。
名古屋城にほど近い清水口にひときわ目立ってそびえ立つ美宝堂ビル、その扉には「マスコミで話題の美宝堂博、名古屋の新名所」の文字が。「お気軽にお入り下さい」と書いてあるものの、ぼくの他には誰もいないのでちょっと入りにくいぞ。
中に入るといきなり金の鯱に「美宝堂博」の文字がでーんと。のっけからこれだよ。さらに奥に進むと、めくるめく美宝堂ワールド。歴代CMのスナップ写真が壁一面に飾られる他、孫のメガネも特別展示とあればメガネマニアのぼくは大喜び。社長直筆のCMコンテなど貴重な資料も展示されていたので、ゲーム制作に活かすべくじっくりと鑑賞して勉強。
さらに奥に進むと、記念撮影用のアレがどーんと置いてあった。社長や孫と一緒に写真を撮るチャンスだーと思いつつ、ぼく一人しかいなかったので、顔は穴に入れたものの写真は撮れませんでした、残念。
脇のテレビでは歴代CMが100本も連続上映中だったのでしばらく鑑賞。1981年放映開始だから、もう四半世紀にもなるのか。継続は力だという格好の事例だ。
他に来店有名人(ドラゴンズの立浪選手など)のサインコーナー、CM撮影に使用した小物類の展示もあって、美宝堂ファンにはたまらない異次元ワールドとなっている。実に愉快。
ところで美宝堂には100万円以上お買いあげのお客さんには全壁を金パクで染め上げた特別VIPルームへご招待というサービスがあるが、実はWEBの専務ページを印刷していった人も入れるらしい。ということでVIPルームに入る気満々で印刷して用意していったけど、美宝堂博を堪能したら裏道はいかんのだと思い直し、100万円貯まってから改めて訪れようと心に誓ったのであった。(9/23)
■久しぶりにカラオケに行った
眼鏡時空の中の人と秋葉原に行ったついでにカラオケへ。ちなみに眼鏡時空には売り子でいると思います。新刊はリアルアイドルマスター時東あづみと伺っている、なんのとこやら。で、男なのに鳥の詩を歌いこなす人と久しぶりに会ったほか、猫間琴美さんと初めてお話しした。80年代アニソンが耳に心地よい。ダンクーガ、パトレイバー、ななこSOS、いいねいいね。ぼくはガリアンワールドを歌いこなしたくて毎回練習してるけど、やはり英語の発音がサッパリなのだった。(9/24)
■国勢調査が来た
9/24〜9/30までの労働時間を書き込む欄があって、このまま状況の変化がなければ、推定80時間。働きバチ日本人の平均労働時間を上げてやるぜ。9/17〜9/23だったら8時間だったが。というか、先週遊んだぶん、今週がんばらなければならないのだった……。(9/25)
■「たん」の発祥について
「〜たん」についての考察がありますが。女性につける愛称としての「たん」は、「亜土たん」が直接の起源のような気がします。水森亜土。「亜土たん」で検索するとこう。はてなではこう。水森亜土が「たん」について与えた影響は、こことかここを見れば解る。「亜土ちゃんと呼ぶのはシロウト」だそうだ。
水森亜土は、イラストレーターとしてはファンシーな絵柄で1960年代後半からブレイク、現在でも根強いファンを持っています。1970年には『りぼん』でエッセイの連載ページを持ち、フロクの定番になります。このファンシーな絵柄に対して「たん」と呼んでも、確かに違和感はない。歌手としては『Dr.スランプアラレちゃん』のOPで有名。両手でアクリルボードに絵を描きながら歌うNHK教育テレビ『たのしいきょうしつ』の影響力はそうとう大きいはず。
ただ、手元にある70年代『りぼん』の目次では、表記はことごとく「亜土ちゃん」となっている。本文中で自分のことを「亜土たん」と書いていたような記憶があるが……国会図書館に行って検証するかな。とりあえず、50歳代の人間も水森亜土のことを「亜土たん」と呼ぶのは事実です。
他、1960年代後半に宝塚で活躍した「スータン」こと真帆志ぶきがいるが、こちらは関係ないか。そんなわけで、「はいおくたん」もよろしく。(9/26)
■パ・リーグ シーズン終了
まだプレーオフが残っているけど、我がファイターズは完全に終戦。お疲れさまでした。ぐわー。
当初の予想通り先発はガタガタ。自慢のビッグバン打線も爆発せず。さすがにバントしたほうがいいと思った。いいニュースはダルビッシュくらいでしたか……。
毎年何試合か観に行っていたけど、北海道に行ってから機会自体が少なくなって、さらにぼく自身も忙しくなって、今年は1試合しか観に行けなかったなあ。しかも負け試合。目にする機会が少ないとだんだん情が薄れていってしまうもので、あわわ。
とにかく来年は田中幸2000本安打!(9/28)
■一番田尾が塁に出て
田尾解任。誰がどう見てもその戦力じゃ戦えないから結果を問うのはお門違いで、やっぱりフロント側とギクシャクしたのが解任の原因なんだろうな。さぞ無念だろうとは思うけど、組織のTOPって実力はともかく人間関係の構築力も無視できない以上、フロントとの関係を良好に保てなかったのは失策なんだろう……。
燃えよドラゴンズの歌詞は、ぼくが物心ついたときは「一番田尾、二番平野、三番モッカ、四番谷沢」のバージョン。ファイターズを応援するようになったのは、五番大島が日本ハムに移籍、監督を務めたのがきっかけでして、1991年まではドラゴンズを応援していたのでした。91年のシーズン、ドラゴンズは前半戦ぶっちぎりで首位独走、「勇気ぷりぷりまっぷりま」をリリースするなどやりたい放題だったに関わらず、後半戦で山本広島に逆転されてます(その山本も辞任か……)。中日から離れたのは、田尾・平野・大島・宇野・中尾など、好きだった生え抜き野手がことごとく移籍して情が離れたからで、特別嫌いになったということではなく。
そんなわけで、大島ファイターズを応援していたように、田尾楽天もかなり気にかかっていたシーズンでした。お疲れさまでした。(9/29)
■阪神優勝
日本ハムからの移籍組もよく頑張りました。下柳を筆頭に、ドラゴンズ戦での決勝本塁打の中村豊、FAの片岡……はあまり目立たなかったか。
そしてガンちゃん戦力外、さすがにしょうがないか。まいど。(9/30)
■あきれる大谷昭宏
NHK番組改編報道に関する朝日新聞事件というのがあります。それ自体の評価はいろいろあるでしょうが、東京新聞に載った大谷昭宏のコメントが脱力。「十分に裏付けを取れないのに「真実と信じた相当の理由があった」というのは、取材の常識では考えられない。」と大谷がコメントしているが、十分な裏付けを取らないままにオタクをバッシングした非常識さんはどこのどいつだったけなあ、ということで説得力のあまりのなさに脱力ですわ。(10/1)
■日本女子オープンゴルフ
最初から最後まで観てしまった。感動した。NHKに受信料を払わねばならない。松井は23号を放って地区優勝、イチローは5年連続200本安打、羽生はストレートで王座を防衛して14連覇、どんなものでもその道のトップの所作は美しいのう。(10/2)
■パワプロ12決定版
パワプロ12決定版が発売決定だそうで。メモメモ。ゲームキューブ版も出るみたいで、ほっと安心。PS2は持っていないのでした。『ToHeart2』とかソフトは持っているのにハードがないのでプレイしていないのですよ。原画を担当した『North Wind』のPS2版も未プレイ、オマケCDで鳥居花音さんの声聞いてハァハァしただけという体たらくであります。さすがにそろそろ買ったほうがいいか……。
高校生ドラフト、我が日ハムは大型ショート獲得に成功。あとは即戦力先発が一人加わればプレーオフくらいはいけるか。(10/3)
■眼鏡ッ娘バトン
Houndを見たらご指名があったので、時間が経っているけどぼちぼちと。
(1)あなたの持っている眼鏡ッ娘関連グッズはどのくらい?
同人誌を含めてもよいとしたら1000くらいになるけど、グッズとなるとけっこう数は減るかなあ。とりあえずこんな感じです↓

右上にまじかるひよりんがいるのと左下の方にエロズリーBBがいるの以外は眼鏡っ娘です。南さんが一人裸に剥かれているのは、漢の浪漫?実行の痕跡であります、すいません。他に眼鏡フィギュアがけっこうあります。とはいえここ2年くらい買っていないなあ……また集めるかな。
他の質問には、また明日以降ゆるゆると。(10/7)
■眼鏡ッ娘バトン続
(2)お気に入りの眼鏡ッ娘登場作品は?
(3)お気に入りの眼鏡ッ娘キャラは?
(4)好きな眼鏡ッ娘キャラ5人について語る
とのことですが、眼鏡に優劣はつけがたい。が、お世話になった回数?ならなんとなく客観的な数量化が可能なので、そっち方面で上位のを。
・お世話になった眼鏡ッ娘キャラは?
▼エロマンガ:森山塔『ペギミンH』枢馬こけ。そして同時収録の「恋のスーパーパラシューター」由良君美さん。持っているのは1987年の第5版、このとき私は××歳だが気にしない。ぼくが眼鏡好きになった大きな要因として、森山塔の影響は無視できない、ような気がする。いま買えるのは新装版、って、なんで中古品のが高いんですか!??
▼エロマンガ:田沼雄一郎『少女エゴエゴ魔法屋稼業』黒原まき。ホットミルクに初掲載されたのは1988年。このとき私は××歳だが(以下略。とにかくエロかった。現在は『PRINCESS
OF DARKNESS』と名を変えている。これもいま買えるのは新装版、って、なんで中古品は8,000円もしますか!???
▼エロゲ:Leaf『雫』みずぴー。Leaf最新作の『鎖』が陵辱系でちょっと驚いたけど、冷静になってみれば『雫』に回帰しただけじゃないのか、と言えなくもない。みずぴールートよりも、るりるりルートのみずぴーのほうがエロい。これもいま買えるのは新装版。声が新しくついたようだけどまだやってない。
▼エロアニメ:『淫魔聖伝』大鳥香。触手触手。たいへんいいものを見せてもらいました、感謝の気持ちでいっぱいです。1巻の眼鏡っ娘もたいへんよく頑張りました、ありがとうございます、触手触手。新世紀といえばエヴァじゃなくて淫魔聖伝ということで、ひとつ。
とりあえずこんなとこで、眼鏡。(10/8)
■信長の野望最速統一
久々の信長の野望関連話。ぼくは各種ノルマが貯まっているので最速プレイを中断していて1457日で記録が止まっていますが、ぼくの記録を更新する勢いの方がbobbynin氏。こちらの掲示板参照、中国語ですが。ぼくのプレイでは武田家を1557年8月に滅亡させていますが、bobbynin氏は1557年5月に滅亡させた模様、この時点で3ヶ月縮まっています。この調子で行くと3年半で統一できそう。
ポイントとなっているのは、(1)酒井忠次引き抜き(2)羽柴秀吉の登用時期(3)霧山御所攻めで騎馬部隊を使用など、騎馬部隊の有効活用(4)斉藤道三への観音寺城攻め要請。
うーむ、まだこんなに工夫の余地があったか。大陸には凄い人がいるものだ、って、中国語を話すからといって中国人とは限らず、なんだかインド国籍っぽいが。信長もworldwideになったものだ。(10/9)
■エロマンガは批評の対象となっている、ことについて
こちらでエロマンガがエロゲーのように批評の対象となっていないとされていますが、おそらくそれは間違いで、実際にはエロマンガは批評の対象として盛んにとりあげられています。盛んに言及された代表は、森山塔。まあ、山本直樹と言ったほうがいいかもしれませんが。特に1991年頃に猛威を奮った「有害コミック問題」に関連し、マンガ表現論から青少年論まで幅広い領域に渡る議論が沸き起こり、作品単品にとどまらず社会全体を射程に入れた数多くのエロマンガ批評が産出されました。山本直樹はここで作家の中心的な存在として祭りあげられたのと関連し、作品についての批評も盛んに行われています。これら批評は『COMIC
BOX』などでよく読んだように思います。
またエロマンガは作品自体が批評的目的で描かれることがあり、その代表的な例が1999年頃に出版されていた『MANGA EROTICS』あたりでしょうか。山本直樹をはじめ、町田ひらく、砂、町野変丸あたりが活躍しています。また、大塚英志編集『漫画ブリッコ』や『レモンピープル』は、作品単品を超えて雑誌や編集のありかた自体が批評の対象となります。このあたりの意識は『新現実』にも引き継がれているように見えます。
またレディスコミックにおいても、矢萩貴子の諸作品がフェミニズム批評の対象となっています。
こうしてみると、「エロマンガが批評の対象となっていない」というのは端的にミスリーディングでしょう。ただエロマンガ批評とエロゲ批評の方向性がかなり異なっていることは言えそうです。エロゲ批評は作品そのものの中身に言及されやすく、エロマンガ批評は社会との関わりの中で言及されやすいという違いは大きいように思います。(10/10)
■批評の対象として、「内容」ではなく「形式」が問題となること
"いま"エロマンガは語られているのか?
『新現実』くらいには目を通していいとは思います。ただし確かに事実としてエロマンガは現在も批評の対象となっているものの、ぼくの直感としても「エロマンガはエロゲのような批評の対象となり得ない」という感覚には一定の根拠があるように思う。
批評とは単に作品の「内容」について感想を語るのものではなく、対象ジャンルの普遍的「形式」にまで分析が及ぶことを要求される。エロゲの「インタラクティヴ性」とか「マルチエンド」という「形式」を追究するのは正しく批評と言える。そのような観点においては、マンガ批評はここ10年来の急速な表現論の展開によって一定の水準に達し、改めてマンガの「形式」を問う動機が低下しているように見える(あるいは、マンガ家の表現形式の追究に批評家の語彙がもはやついていけないというかついていく社会的意味を見いだしにくいと言った方がいいか)。一方ゲームに関しては、「ゲーム脳」といったトンデモ論が幅を利かせる程度には表現形式についての合意は成立しておらず、創造性が介在する余地が大いに残っている。
「ゲーム脳」が、ゲームの「内容」には一切言及せず、その「形式」のみを分析の対象としていることは注意してよい。いわゆる「マンガ有害論」は内容に関係なくマンガを非難できる点に特徴がある。それはマンガの内容ではなく形式を対象としているので、そういった言論に対して、「マンガにもこんなに素晴らしい作品がある」という内容から反論しても意味がない。ゲーム有害論もマンガ有害論と同様に本質的にはその「内容」ではなく「形式」を問題としており、よってゲーム有害論に対して「こんなに素晴らしいゲームがある」と内容から反論することは意味がなく、ジャンル自体の普遍的「形式」から論理を構築することが課題となる。
さらに、こういったジャンルの「形式」についての分析は、そのジャンルのみならず人間一般の普遍的認識論へと接続する可能性を持っている。たとえばE・カッシーラーが『シンボル形式の哲学』で言語的表現/神話的表現/芸術的表現/自然科学的表現の各形式の分析を通じてシンボル概念を深化させ人間の普遍的認識能力に到達したのと同様、マンガ的表現やゲーム的表現の「形式」的分析は認識論の新しい地平を切り開く可能性を内在している。批評の意味とはこういった普遍形式への回路を持ちえるところにある。エロゲというかノベルゲーム形式一般の「インタラクティヴ」「マルチエンド」といった制度が人間認識の普遍形式の本質に繋がっているのではないかという何らかの「直感」が批評的言説を産出させる動因となる。エロマンガにはないけれどもエロゲには存在する「形式」について認識することが現在の課題であり、それが究極的には人間の普遍的認識に連結するという直感、これが「エロマンガがエロゲのような批評の対象となり得ない」という感覚の根底にあるような感じがする。(10/11)
■なぜエロ小説はエロマンガのような批評の対象たりえないのか?
「コンテンツへの悪影響論や有害論に対して反論を試みることが自分にとってひとつの目的」とのことで、ぼくの読解が正しくてホッとしてるところではあり。で、ということであれば、超基本文献として絶対に押さえておかなければオハナシにならない書が2冊あります。この2冊はどうあっても読んでおくべきでしょう。
- 福島章『マンガと日本人−"有害"コミック亡国論を斬る』日本文芸社,1992年
- コミック表現の自由を守る会『誌外戦』創出版,1993年 amazon
『マンガと日本人』は、犯罪心理学者である当時上智大学教授の福島章が、統計データを駆使しながら、「エロマンガは有害ではない」と結論したものです。幅広い話題が網羅されており、当時の議論の見取り図としてたいへん役に立ちます。
『誌外戦』は、ちばてつや、石ノ森章太郎、さいとう・たかを、藤子不二雄A、永井豪、かわぐちかいじ、小林よしのりといった面子がエロマンガ規制に対して反対の声をあげた内容が圧倒的です。他に有害コミック規制の経緯に関する事実の解説、当時の新聞雑誌に掲載された論評の再録などがあり、資料的価値がたいへん高い。
この2冊に目を通しておけば、芋蔓式に参考文献に当たることができるでしょう。あとは『創』の「いけない!ルナ先生」検閲問題に関する記事がおもしろいけど、雑誌なので探すのはたいへん(最終手段は国会図書館ですよ)。
しかし有害コミック問題は妥協的解決で収束したため、批判的総括が行われないうちにズルズルと松文館裁判まで来てしまったような気がします。松文館裁判で新たに各種資料および論点が出そろった(ちばてつや証言で、上記『誌外戦』も資料として使用されている)ので、きちんと歴史的対象として有害コミック問題から松文館裁判までを総括する必要があるように思われます。
さて、ところでエロマンガ以上に批評の対象となっていないのがエロ小説です。『現代思想』1990年1月号とか、散発的に「ポルノグラフィ全般」に関する論文は出ますが、個別作品についてはほとんど見ないですね。まあ澁澤龍彦とか稲垣足穂とかを持ち出してこようって勢いなら知りませんが。
で、エロ本やエロビデオも批評の対象となっていませんが、エロ小説が批評の対象にならないのはそれとは別の理由がありそうな直感があります。空想実験として「まったく同じ内容を小説とマンガという異なる手法で描いた場合、より有害だと思われるのはどちらか」を考えれば、理由は演繹できそうですね。(10/13)
■有害コミック問題で味のあるコメント2つ
(1)中島梓は手塚治虫に狂っていたと語った上で、「私たちは手塚治虫のうわべのヒューマニズムの衣になど一瞬たりとも眩惑されなかった。私たち子供であった読者はまっしぐらに手塚治虫の秘めているおそるべきマゾヒズム、サディズム、トランスヴェスタイト、同性愛志向、反体制と弱者のうらみつらみ、倒錯と異常へのエロスを見抜き、それにひきつけられ、それに墜ちていったのだ。手塚治虫を有害コミックに指定する目を持たなかったPTAこそ良識と善良さと常識というものがいかに何も見えず、感じ取る感性をすでに失ってしまっているかの象徴であった」(『誌外戦』p.256)と語る。実のところ手塚は「やけっぱちのマリア」が有害だと非難を受けてたりするけど、それはともかく。日本人の多くをロリペドにしたのは、手塚治虫、藤子・F・不二雄、宮崎駿の3人だけど、3人とも文部科学省推薦扱いになっているという、この不思議。まあ少なくともこの3人に対してヒューマニズムとか言ってる奴がアホか偽善者かどちらかなのは間違いない。
(2)高橋源一郎は以下のように語っている。「「表現の自由」というものがあるとするなら、それは「クズである自由」なのだ。それがわからないなら、文化について口だしすべきではない」(『誌外戦』p.263)。味わい深い発言だ。ぼくは「エロマンガやエロゲにもこんなに素晴らしい作品がある」という類の発言は危険だと思っている。表現規制にストップをかけるどころか拍車をかける恐れがあるからだ。なぜなら、「表現に値する素晴らしい作品には表現の自由を認めるが、そうでない作品には自由を認めない」という論理に本質的な反論を加えることができないからだ。高橋は「「この世には豊かで芸術的な優れた作品がたくさんあり、それは保護されるべきだが、クズにはそんな特典を与えることはない」という発想(…)は、おれの考えでは、表現がわからない人間が表現に関して持っているもっとも大きな妄想の一つなのだ」と言う。そんなわけで、クズであるという恐れと自由の中でエロ原画を生産する日々なのである。(10/14)
■利き酒
電撃ONLINEでLOVERSOUL広報やまさき☆おにいちゃんが暴れているので、生暖かい目で見守ってやってください。(10/15)
■眼鏡時空
日曜は眼鏡時空という同人誌即売会に行きました。触手にも並々ならぬ興味がありましたが、眼鏡のほうが遙かに重要です。会場にカタログに載っていなかった「市川商店」がいたのにはちょっと驚き。みつみ美里、rit、○蜜柑、平野耕太、介錯、なかじまゆか各氏の参加した同人誌を多くの人が華麗にスルーしていくのを見てちょっとおもしろかったり。同人誌即売会って思わぬ逸品が何気なく置いてあるんで、油断しないで中は確認しようぜー。頒布の仕方も外道?で笑った、っていうか無料でいただきました、ありがとうございます。すでに一冊持っていたので、新しくもらった同人誌は、まさの様にあげました。眼鏡屋さんの企業参加があったり米沢代表も来場するなど盛況でした。(10/17)
■オタクエリート
うちは東京新聞をとっていて、朝刊裏面の「東京解剖図鑑」という記事を毎回楽しみに読んでいたりするわけですが。今日のを見たら、いきなりBIBLOSの石塚さんで、吹いた。『オタクエリート』の宣伝をしていたり、写真でわざとらしくガンダムが並んでいる脇にさりげなく『elfics』が置いてあったり。うーむ。とりあえず今月の『elfics』には、ぼくのインタビュー記事が載っていたりするんで見かけたら読んでみてください。(10/18)
■廃屋譚は女子硬式野球を応援しています
一昨日のテレビ番組、『学校へ行こう!MAX』で女子硬式野球が取り上げられていました。内容自体は、V6がコテンパンにやられるという他愛のないものなんですが、女子硬式野球が地上波で放映されたこと、それ自体が画期的かと思いました。硬式野球に打ち込む女の子一人をクローズアップした番組は過去に2回ほど見ましたが、女子野球部自体が出てくるのは珍しいですね。
そんなわけで、廃屋譚は女子硬式野球を応援しています。来年はまた丹波に観戦に行こうかのう。我らが成林高校女子野球部もよろしく。(10/20)
■廃屋譚は、あくまでも女子硬式野球を応援しています。
いまさらながら『電波男』を読んだ。本業で必要になったからなんですが。普通に面白く読みました。万が一ゾンバルトが参照されてなかったらコテンパンにしようと目論みつつ読み進めたら、最後の最後あとがきに引用されていた。脇が甘いなと思ったところは既にさんざんツッコミが入ってるみたいだし、『コミュニケーション不全症候群』や『動物化するポストモダン』との比較も既出だし、サバルタンと絡めるのもなんだし、改めて言うことはあまり残ってないなあ。
とりあえず、本田透氏が女子野球に萌えている点は実に共感できる。女子野球、萌え! 沢村優羽ちゃんの活躍する『SFF』の続きをぜひ読みたいと思った。(10/21)
■日曜日は、コミクリに一般参加しました
池袋のキャッスルじゃなくて、蒲田のコミクリに行ってきました。
さくらぢまさんのところでは流しソーメンやってました。アホだ……というか、こういう試みはコミクリでしかできないんですよねー。
「大人のプラレール」もやっていました。コミケSPは忙しくて行けなかったので、現物を見られてたいへん面白かったです。チューンナップのしすぎで電車がカーブを曲がれないのは時節柄ヤバいです。
あと、幻想図書館さんところでHGの顔ハメやってて、「やらないか」と誘われたので一発ハメてきました。激しく腰を振って写真に収まりましたが、絵だとわかんないなあ。(10/24)
■テレビじゃ見れない川崎劇場
ら抜き言葉だぞゴルァ。
ロッテ日本一おめでとうございます。ところで前々から栗山の解説はいい加減で勘弁してほしいのだが、今日の報道ステーションのも酷かった。打順を頻繁に入れ替える監督が日本人にいないって……あんた、仰木彬は日本人じゃないのかよ。
ちなみに、ぼくは「ら抜き言葉」には寛容です。っていうか「ら抜き言葉」を日本語の乱れと主張する人はそもそも日本語の知識が足らないわけで。「くじらのダンス、○○んこの涙、いつかきっと見れるよね」というCMソングに虫酸が走るのは、特に「ら抜きことば」のせいではない。そんなわけで、テレビで見られた川崎劇場、来年は我がファイターズにも頑張って欲しいものだ。バントをしない外国人監督という点では、我がヒルマンはバレンタインよりも徹底してるんだがなあ。(10/26)
■あやうし!ライオン仮面
ライオン仮面の回ということで、AYAKASIを引っさげて颯爽と現れたドラゴンズファンと一緒に『ドラえもん』を観ました。オシシ仮面とかについてはこちらを参照ー。
まあ「グエーッ」とかで笑うのはいいとして、フニャ子フニャ夫先生の家の棚が変。左棚の上段にライオン仮面やくらやみ団のフィギュアっぽいのがあるのはともかく、右棚の上にあるのはエルメスにしか見えないし、左の中段のはキュベレイっぽい。建設巨人イエオンのプラモもあったらよかったのう。
それはそうと、のびママの声が三石琴乃になってからやたらとエロくなっているんだけど、今日の回は輪をかけてエロかった。眼鏡だし。(10/28)
■究極戦隊
寝付けないでボーッとしていたら究極戦隊ダダンダーンの歌が頭を巡ったせいで「段田男って今なにしてるんだろう」と気になりはじめて仕方なくなり思わずコンピュータを起動して調べたらどうやら現在は大工をしているそうだ。とスッキリしたものの寝付けないことにはかわりないので仕事でもするか……(10/31)
■明治節−ハッピーマンデーにならない祝日
思わず祝日だということを忘れて仕事に出かけようとしてしまった。
いわゆる「ハッピーマンデー」政策のせいで多くの休日が月曜日に回されている中、いくつか月曜日に繰り替えされない祝日があります。本日「文化の日」もそのうちの一つ。この「文化の日」について「明治節−明治天皇誕生日」と関係ないという説も散見されますが、「ハッピーマンデー政策によって日付が移動しない」というこの事実について少し考えれば、それが天皇というタブーと密接に結びついていることは容易に理解されようというもの。体育の日(東京オリンピック開催日)は移動できても、天皇と関連する「紀元節」「天長節」「新嘗祭」は移動できないわけで。
ところで明治天皇誕生日と昭和天皇誕生日は現在でも国民の祝日となっていますが、哀れなのは大正天皇です。現在も国民の祝日として残らないばかりか、当時としても変な扱いだったように思います。というのは、大正天皇の実際の誕生日は8/31でしたが、この時期はべらぼうに暑くて各種行事が困難だという理由で、天長節(天皇誕生日)祝日は10/31とされていました。そんな事務的な理由で誕生日が変更される大正天皇ってば。
大正天皇誕生日を2ヶ月もズラした前例があるんだから、明治天皇誕生日を月曜日に移したって誰も怒らないだろうと思わないでもない。(明治節)
■ギャランドゥの真実
「ギャランドゥ」とは何なのか?って、ずっと陰毛だと思ってたんですが。テレビ東京の「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」という番組で秘密が明かされていました。作詞作曲のもんたよしのり自身が語るところによると、「そもそもデタラメ英語」ってことで、人名でも陰毛でも「Gal and do」でもないとのこと。うお、びっくりした。
もんたよりのりによれば、「ほんまに全然意味なく、曲作るときにデタラメ英語で作んねん。勝手にもうギャランドゥ〜ギャランドゥ〜いう言葉が入ってて、辞書で調べた時にギャランドゥという言葉がないねんけど、ギャランドゥという響きがものすごくええもんやから絶対そのギャランドゥは外せられない状態になって、まぁええかみたいな。なんかギャランドウって名前みたいな感じやしみたいな。デタラメやってんけど。」だそうだ。陰毛などの仮説に対しては「意味ないことやな。そもそもデタラメ英語」と一蹴。「デタラメ英語で歌ったその言葉が陰毛になったり論争になったりしていく様が俺にとってはすっごい面白いから、何か答え言わんとこのままそーっと見ときたいなみたいな気持ちの方が強かったんやけどな」と言っていた。びっくりしたなあ。
そんなわけで「ギャランドゥはヘソの毛らしい」という記事がありましたが、これは間違いで、さらに西条秀樹本人が語ったという答えも実は作詞作曲者の意図とは異なっていて(ここの管理人さんはそれを知っていて敢えて無視してるわけですけども)、artifactのコメントに書きこまれたもんたよしのりの造語が真実ということでFAのようです。しかし意図して探してみるとけっこういろんな人が真実を書いているけど、それ以上に間違いが流布しているのう。マンガ版『スクライド』の「ギャランドゥ」もワケわかんないしな。(11/12)
■乙女ロードの真実
フジテレビの『人物ライブ・スタメン』という番組で腐女子の特集をしていたが、あまりの酷さに唖然とした。というか、少なくとも「腐女子」って単語は出さないとハナシにならないだろう。分析視角も陳腐で、中島梓『コミュニケーション不全症候群』以前の、白亜紀くらいの古色蒼然ぶり。安心して見られたのは、公共の場で平気で「ツンデレ」という単語を連発する森永卓郎先生と、阿川佐和子キャスターがメガネをかけたシーンだけだ。女のオタクのほうが男のオタクより遙かに誤解されやすい状況にあることを確認しただけに終わった。(11/20)
■新作情報掲載されました
今日発売の『電撃姫』にLOVERSOULの新作スクープ記事があって、ぼくの描き下ろしイラストも載ってます。表紙にけっこう大きく名前が載っていてビックリでした。気を引き締めて頑張ります。
冬コミは、30日(金)西"あ"22aの「ハイオク満タン」というサークルにいる可能性が高いです。あとは西館4階に2日間います。(11/30)
■信成の野望と女子硬式野球
フィギュアスケート男子シングルNHK杯で優勝した織田信成くん、「今でも明智光秀が憎い」というコメントがいいなあ。逆に信成くんが本願寺に行ったら酷い目に遭わされるんでしょうかね。
愛知大学野球リーグでは、いよいよ女子だけの硬式野球チームの参加が認められることに。中京女子大が今年4月に全国で初めて女子硬式野球部を設立し、来年の秋季リーグから5部でリーグ参加。(女子軟式野球部はいくつかあります)。身長155cmと小柄な主将のインタビュー記事。他にも女子野球部設立の動きがあります……って、総監督が広瀬(元日本ハム)かよっ。こちらはヘッドコーチのインタビュー。少子化時代の大学サバイバルの一戦略って感じが見え見えではあれども、女子野球が根付くチャンスであるのは確かです。大学野球で男子に混じって頑張る女子選手の記事も。
廃屋譚は女子野球を応援しています。(12/6)
■コミケ
企業ブースにいます。西館4階121。テレカとか売ってます。LOVERSOUL。(12/21)
■三国志11
きたっ。ささっと仕事終わらすぞう。(12/22)
■ヌルすぎるが……
「遅刻する"食パン少女"は少女マンガに実在するか」という記事ですが。85作品で結論出すのはなあ……せめて5000冊は読まないといけないんちゃうかと思いますが。まあ「研究」と速報性が重要な「記事」とは性格が違うってことで、「記事」がヌルいのはしょうがないんでしょうけどね。
ちなみに、今のところ「遅刻しそうになってパンをくわえる少女」でぼくが知る限りの最古の事例は本村三四子「パティの初恋」(1968年)。
このあたり、我々が「ありがち」と思っている事例はほとんど1920年代ハリウッド映画を起源とするのではないか、という仮説をぼくは持っておりますが、誰か1920年代のハリウッド映画をしらみつぶしに研究してくれる暇人はいないかのう。
■遅刻する"食パン少女"の歴史社会学
「遅刻遅刻」と食パンをくわえながら走る少女……というパターンが登場したとすれば、歴史社会学的見地から言って、少なくとも日本では1960年代後半以降と推測できる。それは、「食パン」と「遅刻」の両要素の経済史的考察から導出できる。
(1)食パンに関する考察
まず注意を要するのは、「食パン」という種類のパンが全世界のパンの中ではマイナーで新しい部類に属する、という事実だ。世界で「パン」といったら、フランスパン、ドイツパンなどを思い浮かべ、食パンを連想することはまずない。食パンが発生したのは産業革命期イギリスである。産業革命期、貧乏な労働者=プロレタリアートに安価な食料を供給するため、大量生産・大量輸送に適した角型の食パンの流通が促進された。食パンは貧乏人の食べ物であることには、十分な注意を要する。
そして、日本人がパンを食べ始めたのがつい最近であることも要注意事項だ。瓦屋根・障子・縁側という日本家屋において、食料生産の拠点となるのは「竈」であって、オーブンではない。だから、パン文化の一般化には、「日本家屋=竈」の絶滅が必要条件となる。その地点は1960年代、多摩ニュータウンなどLDKモデルが定着して以降のことである。
そしてパン食文化の十分条件とは、白米を食べる人種との隔離である。それは、核家族化によって成立する。核家族化は、団塊の世代の経済的独立によって、1960年代に促進された。これがLDKモデルの発展と並行的に進行したのは必然である。「竈=日本家屋」から脱出し、核家族を形成した団塊世代がLDKモデルのアパートに入居したのだ。この経済史的条件が、パン食成立の文化的条件となる。そしてその団塊世代の核家族に供給されたのが、貧乏人=プロレタリアートの食物である「食パン」である。「フランスパン」ではなく「食パン」であるという文化史的意味は、そうとう深い。なぜ朝食がごはんではなく、そしてフランスパンではないのか、その前提から問い直すべきだ。実際に1960年代のマンガを見よ。ほぼ全ての食事シーンが茶碗に白米であり、パン食自体をほとんど見ない。
(2)「遅刻」に関する考察
そもそも「遅刻」というものを悪いことだと考えるようになったのがつい最近であることに注意するべきだ。現代でも、インドや中南米の鉄道が時間通りに運行せず、そしてそのことに対する罪悪感がない。「遅刻」を「悪」だとする感性は歴史的に作られたのだ。
遅刻を悪とする感性は、フランスの歴史家フーコー『監獄の誕生』によれば、産業革命期に確立された。工場操業における効率性追求の過程で、工場労働者に時間遵守の精神を植え付けることが必要となった。この感性を子供のうちにたたき込むために、大衆学校において時間遵守の精神が叩き込まれることになる。
そもそも、ヨーロッパでは学校が「貴族・資本家」向けと「大衆」向けとに完全に分離していたことには十分な注意を要する。貴族向けの学校では、遅刻はたいした罪とは見なされない。時間遵守が要求されるのは、工場労働者育成を目的とする大衆向けの学校である。そして大衆向け学校が一般化したのは19世紀後半である。だから、そもそも「遅刻遅刻……」と学校への道を焦りながら走るなんてこと自体、19世紀ヨーロッパにはあり得ないことだったのだ。
日本ではどうか。日本においても、現代のインドや中南米と同様、1950年頃までは時間に対してルーズなのが普通だった。時間どおりに学校に行くどころか、農繁期は学校をサボって種まきや稲刈りの手伝いをするのも普通の感覚だった。この時間にルーズな感覚は、1960年代に絶滅する。なぜなら、農家が激減し、工場労働者が激増したからだ。農業には大きな季節感は大事だが、ジャスト・オン・タイムである必要はない。1分1秒の神経質な正確さを要求されるのは、工場労働者とサラリーマンだ。時間に正確であることを要求される職種が一般的になったのが、高度成長期、すなわち1960年代である。この経済史的条件が整って、はじめて「遅刻=悪」という感覚が成立する。
(3)結論
以上、「食パン」の側面からも、「遅刻」の側面からも、経済史的条件を考慮した場合、日本で必要十分条件が揃うのは、少なくとも1960年以降である。私が「食パン少女」の出現を1960年代と推測するのは、以上の歴史社会学的洞察による。
そしてさらに言うならば、アメリカにおいては、その歴史社会的条件が整ったのが1920〜30年代である。そしてこの時期の文化的条件も、日本の1950〜60年代に類似している。すなわち、「大衆文化としてのハリウッド映画の成立」と「マンガの成立」の類似である。食パン少女の原型が1920年代ハリウッドにあると推測するのも、この歴史社会学的洞察による。
資料を読み解く場合、こういった仮説をもとに読むか読まないかで、資料の見え方自体が変わってくる。「遅刻する食パン少女」というネタは、単なる想像の産物ではなく、こういった歴史社会的な事実の蓄積を背後に持っている。だからこそ、"一点突破全面展開"を可能とする「ネタ」としての生命力があり、パロディとしても多用されることになる。(12/26)
■時間厳守の精神は明治時代に導入されたのか?
導入されたが定着はしていなかった、というのが正確だろう。こちらの方に丁寧に読んでいただいてツッコミが入ったので、ちょっとフォロー。
周知のとおり、近代的な学校制度は1872(明治5)年の学制に始まり、ここで近代的時間感覚も輸入された。近世寺子屋では授業の始めや終わりは明確には決まっておらず、子供たちは家業の手伝いが終わると思い思いの時間にやってきて、個人授業を受けていた。近代学校制度では就業時間が明確に決まり、一斉教授となった。工場と一緒の時間規律が学校に導入された。
だがもちろん、近代時間感覚が一気に民衆に定着したわけではない。定着の第一段階は1920年前後、歴史用語で言う大正デモクラシー期まで待たねばならない。この時期は第一次世界大戦を経て日本の産業革命が飛躍的に進行し、産業体勢の構造が急激に転換した時期に当たる。いわゆる小学校の就学率がこの時期にほぼ100%になったのも偶然ではない。
しかしこの時期でも全人口に占める賃金労働者の割合は7%程度。歴史の表舞台に登場する少数の人間は近代時間意識を持っていたが、大半のモノ言わぬ日本人はまだ半封建的な世界にいた。川島武宜あたりの法歴史学が参考になる。簡単に読める古典は岩波新書『日本人の法意識 』。
近代的な時間感覚は、明治時代でも1880年頃から小説にも登場する(北村透谷など)。問題は、その小説をいったい日本人の何割が読んでいたかということだ。明治中期なら推定10000人、全人口のたった0.3%だ。1920年頃には円本ブーム、総合雑誌などの勃興によって、大衆にも近代的な小説が広まっていった。だが、それでもたかだか数十万人、全人口で数%レベルでの話に過ぎない。教師を代表とするプチ知識人は近代を身につけていたが、それら近代人とムラの半封建人とのおもしろおかしい感覚のズレの挿話は枚挙に暇がない。ムラに赴任した女教師が夜這いをかけられるなんてのは典型的なおもしろエピソードだ。そして一応、国鉄は戦前からテクノクラートの一部として発達してきた歴史があるため、教師という職業と同じレベルで近代感覚が形成される領域と推測される。問題は、人口の大半を占める農民が何を考えていたかになる。
1920年頃を定着の第一段階として、第二段階は戦後高度成長期、大衆化の時代にあたる。高度成長期の産業構造の転換は、1920年代よりも徹底的だった。というか、人口動態史的に一瞥しただけで、人類史上このような大転換を経験した国は類を見ない、そういう特異な時期に当たる。いま我々がアタリマエと思っている多くの部分がこの高度成長期(1955年〜1973年)に起源を持つのではないか。(そしてそれはさらにアメリカの高度成長期1920〜30年代に類似するのではないか)
たとえば、一般大衆が恋愛結婚に価値を見いだすようになったのは、高度成長期だ。そのあたりの証言は、岩波文庫ポケットアンソロジー『恋愛について』 で数多く得ることができる。
たとえば、なぜ『三丁目の夕日』を見た若者が「懐かしい」などと言えるのか?
『新撰組』を観て、人は「懐かしい」とは言わない。『男たちの大和』を観て、人は「懐かしい」などとは言わない。しかし高度成長期の物語を観て、そのとき生まれていなかったはずの若者が口を揃えて「懐かしい」と言う。そういや『プロジェクトX』が終わったなあ。
ってわけで、"無理矢理1960年"というのはある程度的を射ていて、高度成長という歴史的時期の持つ意味を一点突破全面展開できる素材として「食パン少女」ってネタは優秀なんじゃないか、という直感を展開してみたってとこになりますか。
ちなみに年齢は、初めて買ったパソコンがPC−8001(無印、メモリを32KBに増設!←MBじゃないよ)、ということでほぼバレる。ハンドアセンブルもできる、RET=C9。(12/30)
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