| 序盤(1):1556年1月の情勢 |
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初手で北畠家の霧山御所を落とす。清洲城全軍で攻め込んで正面から叩けば1556年1月中には落城させることができる。
清洲城では武将を発掘する一方、桶狭間に備えて3000を霧山御所から戻しておく。
桶狭間後は、霧山御所から筒井城に出陣。今度は包囲ではなく正面から叩いて突破する。 |
| 序盤(2):1557年9月の情勢 |
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霧山御所→筒井城→室町御所→観音寺城→小谷城→稲葉山城→桜洞城と進軍し、兵力と有力武将を蓄え、武田家攻撃の準備を整える。
桜洞城から高遠城に攻めるには道を敷設する必要があり、攻撃開始まで2ヶ月半待たなければいけないので、その間に信長を室町御所に回して石山御坊を落としておく。
武田家攻撃の間も、石山御坊からは西進。 |
| 中盤(1):1558年2月の情勢 |
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1558年2月には武田家が滅亡。砥石城に進んだ軍勢は東進して箕輪城から上杉家を狙う。躑躅ヶ崎館に進んだ軍勢はそのまま小田原城へ進軍。
西方には武田家の家臣を派遣し、毛利に当たらせる。 |
| 中盤(2):1558年10月の情勢 |
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東部戦線では上杉家を滅ぼした後そのままスピードを上げて一気に北上、伊達家以北はこの部隊を分割して攻撃する。北関東の城は岩付城から攻める。
西方はスピードを上げて九州に上陸し、部隊を二方向に分けて攻略スピードを上げる。 |
| 終盤:1559年5月の情勢 |
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最終盤では13箇所で同時に戦闘。部隊上限に引っかかって兵力輸送が予定通りにできない中で戦闘。
福島あたりがやたら広い上に道がなくて進軍しにくく予想より遅れた一方、四国が案外と狭くて九州到着が予想より早くなった。道という要素によって、見た印象とは違った地政学的配置となっている。
ここから半年で全国制覇。
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